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山中廃徊記

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台風により・・・

本日10月21日は、本来なら多賀フリークの御大お二人をご案内して、榑ヶ畑〜落合あたりをうろつく予定でした。しかし狙い澄ましたかのような台風の襲来による雨のおかげで延期となりました。噂によるとこの雨、どうやら某雨神さまが一枚かんでおられるとか(笑)
シブい切手を貼った茶封筒にその秘密が隠されておるようです。

で、全く関係のないどーでもいい話をさせていただきたく・・・

最近、歳のせいでしょうかやたら涙腺が緩くなってしまいましてね。
AmazonのCMを見て、不覚にも「うるっ」ときてしまいました。
この若者の優しさやら、孫のバイクの後ろに乗って(たぶん若かった日を思い出して)うれしそうなおばあさんの笑顔やら…何とも言えません。

バイク+菜の花畑?だからこそでしょうね。これがバイク+ダート林道だったら、おばあさんの表情はもう少し険しかったかもしれません(爆)

バイクで思い出すのは、5年ほど前の「鉄拳」のパラパラ漫画「振り子」です。
当時ずいぶんと話題になりました。

なんだか、大きなバイクの免許が欲しくなってきましたよ。年寄りの冷や水ですけどね。

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このたび、多賀通の重鎮お二人を不肖わたくしがご案内しなければならないことになりましてね。
100%山歩きとなりますので、本日道中の確認・点検に行ってまいりました。
巡回路は、榑ヶ畑〜墓地〜柾板峠〜落合〜板ノ原〜榑ヶ畑です。

このついでに落合において、ある噂の確認をしてきました。

いや、別に噂じゃないんですけど…私の教科書的資料の
「湖東・湖西の山村生活-離村部落の民族報告-」の、旧霊仙村・落合の項にあった次のような記述を確かめようというわけです。
曰く「・・・また、神社は落合神社と霊仙神社の二社がある」と。

落合神社は村の中ほどにありますが、そのほかに霊仙神社?…
イメージ 1
先に地図を出してしまいましたが、地理院地図には表示されていません。ゼンリンの地図には表示されていました(ゼンリン偉いぞ!!)

ということであっさりと、真相?が明らかになってしまいました。まあついでなので見に行くだけ行ってみようと。

場所は地図中、赤の四角で表したところ。ちょうどお寺の向い側の山中です。現在通行止めになっている旧い木橋の辺りから、ほぼ垂直の斜面にギザギザの山道が付いています。かなりの急登です。
↓これは途中から見下ろしましたの図。大型土嚢が積んである右の方にお寺があります。左手には通行止めの旧い木橋。
イメージ 2
ここから、鬼のような石段が続く…
イメージ 3
倒木をくぐり、さらに石段を上るとやっと到着。
イメージ 4
霊仙神社がありました。
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この右手下には新しく屋根を葺きなおした小さな祠があります。
イメージ 6
正面から。
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この祠から右手の谷に降りてゆく細い道があります。この谷は先ほど柾板峠から落合に来る時に利用した「彦根道」が通る谷です。

よく訪れる地にも、まだまだ知らない面が多々あるものです。

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最近、榑ヶ畑に憑りつかれておりまして、いろいろと昔の資料を探しています。


この本はもうおなじみですが…
イメージ 4

さらに詳しい「字名」がわかる資料を探していたところ、以下のようなものが見つかりました。

近江国坂田郡百三十三ヶ村之内耕地絵図 榑ヶ畑村 (彦根県作成)
イメージ 1
[彦根県作成とあるので、廃藩置県により彦根県が誕生した明治四(1871)年旧暦7月14日から、長浜県に統合された同10月10日までの間に作成されてものと思われる]

および
近江国各郡町村絵図 坂田郡榑ヶ畑絵図 
(榑ヶ畑村作成)
イメージ 2
[年代不明 耕地絵図と同時期か…]

特に1枚目の耕地絵図には細かく字名が記入してあるので、以前から個人的に問題となっていた『シブラ・板ノ原・トチビラ・三谷・小谷』といった場所を現在の地図上で同定することができました。

また『湖東湖西の山村生活〜』に「小字綾戸のサンマイ」で火葬を行ったという記述があり、墓地のあるあたりがその綾戸という地名だろうと考えていましたが、やはりそうであることがわかりました。
なお、「サンマイ」というのはなんじゃろか?と思っていたのですが、これは「三昧場」つまり火葬場のことであろうと、ある方に教えていただきました。

同書にもうひとつ興味深い記述があります。大正10年10月に養鱒場から榑ヶ畑まで車道を作ることになったわけですが「大変な難工事で・・・いま、字水汲というところの岸壁に「誠貫」と刻まれているのはこの道路の開通記念標である」という記述です。

つまりみんな大好き(かどうかは…知らんけど)林道榑ヶ畑線には岩に刻まれた開通記念碑があるということです。

絵図によって「字水汲」のおおよその位置はわかりました。この「誠貫」と刻まれている林道標を探しに行きたいと思っております。

ちなみにこちらは近江国犬上郡百二十八ヶ村之内耕地絵図 五僧村
イメージ 3
例の測點標に刻まれた「字立分峠」の謎がわかるかもしれません。

このほかにも、多賀の廃村の明治初年の絵図がすべてそろっておりました。

以上、ほぼ備忘録でした。

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