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何はともあれ、墓地に至る道とその墓地を探さねばなりません。
手がかりは、この古い地図のみ。
[国土地理院大正13(1924)年5月30日発行1/25000地形図より抜粋]
集落の入り口あたりから北西に登って行きターンして南西に降りて行き、やがて現在の榑ヶ畑線かその支線に出るものと思われます。
新しい地図では、このターンするあたりが小高い丘状になっており、ここが墓地ではないかと睨んでおりますが…
さて、旧い地図の登り口を探すのですが、新しい林道のおかげで斜面が削り取られ取り付くしまがございません。
林道が左へターンする場所にやって来ました。ちょっとした広場になっており奥の方へ登山道が別れるところです。
位置的にはこの辺りだと思うのです。で、右手をよ〜く見てみると…
案の定、はっきりした良い道が残っています。
この先に墓地が残っていればいいのですが。
幅1mほどの山道を歩くこと10分ほど。道は左にターンして行きます。倒木が処理されているところを見ると、この道は現役なのでしょうか。
倒木の上に乗っている細い木は、今回の山歩きのお供である杖です。長さは約1m。
この場所から右手を見ると、20mほど先に探していた丘。墓地があるならここと仮定していた場所です。
!!
中央に人工物が・・・
3m四方ほどの大きな基壇です。お墓の跡でしょうか。それともここが「綾戸のサンマイ」と呼ばれる焼き場の跡でしょうか?
そして丘に登ってみると、新しそうなお墓がありました。
新しそうですが、裏にまわってみると
『湖東・湖西の山村生活〜離村部落の民俗報告』中の「墓を作るようになったのは第二次大戦中から云々」という記述とは齟齬がありますな…
まあともかくここは墓地であったということがわかりました。
しかし、もう少し証拠がほしい所なので、詳しく探し回ってみました。
結果は・・・その3に続く
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>sero-さん
いつもナイスをありがとうございます。
明日2時までにお地蔵さんは片付きそうですか?
[ そらまめ ]
2017/8/19(土) 午後 9:25
返信する>モタ郎さん
いつもナイスをありがとうございます。
[ そらまめ ]
2017/8/19(土) 午後 9:25
返信する>★二輪冒険家★さん
いつもナイスをありがとうございます。
[ そらまめ ]
2017/8/19(土) 午後 9:26
返信する>いしやんさん
いつもナイスをありがとうございます。
台湾からですか
[ そらまめ ]
2017/8/19(土) 午後 9:28
返信する>セロ尾さん
いつもナイスをありがとうございます。
[ そらまめ ]
2017/8/19(土) 午後 11:32
返信する>クイックさん
いつもナイスをありがとうございます。
[ そらまめ ]
2017/8/21(月) 午後 11:19
返信する> dah*i*010*さん
いつもナイスをありがとうございます。
[ そらまめ ]
2017/8/21(月) 午後 11:20
返信する>ケッパコあーやんさん
いつもナイスをありがとうございます。
[ そらまめ ]
2017/8/21(月) 午後 11:20
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