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山中廃徊記

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地図を見ると、桃原から向之倉や杉といった周辺の集落に至る道が描かれています。これら周辺の集落とはさかんに交流があったようで、今でも道の形は残っています。もう歩かれなくなり、荒れていたり崩れていたりはしますが歩けなくはありません。それらの道を探しつつ歩いてみました。
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地図中、水色の線が今回歩いた道です。残念ながら、時間の都合により向之倉へは行けませんでした。途中の②の地点まで辿りましたが、さすがに往時は行き来が盛んであったようで、よく掘れた道形が残っています。誰も歩かなくなり、落ち葉や枯れ枝、倒木などで歩きにくくはありますが。

さてこの道の桃原側はこちら。
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集落の南のはずれ、メインストリートが180度向きを変え北上するところ。そのヘアピンの頂点のあたりから左へと入っていきます。
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地図よりも南寄りになりますが、この道は新しくつけられたもののようです。
バイクでも通れそうないい道ですね。
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して①の分岐を越えると、いよいよ掘割状の桃原向之倉古道といった趣になるわけですが、これがやたら歩きにくい。時間がかかりすぎるので、向之倉はパスします。
②の地点から道のない尾根を登り、向之倉越えの道に出ようとしたところ行き過ぎて、着いたのがこちら
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一本の大杉がある、杉峠。こちらにあるというお地蔵様は発見できず。
こちらから尾根伝いに南下して杉集落を目指すことにします。
途中、杉からの道が桃原と向之倉方面に分岐する③の地点にあたりを付けて尾根を離れ無事③に到着。杉集落を往復して今度は③から西北に向かうとほどなく、桃原越えに到着です。
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峠らしい峠ですね。向こう側が桃原、右へ一山越せば向之倉越え、そして左へ行けば桃原城址です。
まずは右へ。向之倉越えを訪ねてみることに。低いピークを越えて、わずか10分ほどで到着しました。向之倉越えです。
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この向之倉越えから向之倉側はかなり荒れています。
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杉方面の道は、まずまずの状態ですね。
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では、いったん桃原越えに戻って、城址を訪ねてみましょう。

次回、桃原城址を訪れます



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かつて桃原にあったという多賀スキー場は、1933(昭和8)年に開設、昭和30年代後半から40年代初めに閉鎖されたと記録されています。
斜面への植林の拡大や離村傾向などにより徐々にスキー場としての機能を失って行き、自然消滅したということのようです。
数少ない資料の中に1937(昭和12)年、滋賀県が発行した「スキー場適地案内」という本があり、その中で紹介されています。
少々長いですが、引用します。
『…面積は20萬坪、向きは北で傾斜は五度から三十五度まで…一粁の直滑降コース、3粁のリレーコースも取れる。眺望は湖東平野を一眸に、琵琶湖をも望み得て素晴らしい。伊吹山と共に湖東スキー場の双璧をなすものといへる。設備は、スキー場入口に四棟のヒュッテがあり、賣店、貸スキーの便がある。宿泊は地元の民家が一泊七十錢程度でサービスする。』

さてどう思われるでしょうか?私としては、ピンク字の部分が引っ掛かります。

桃原地区の面積は846,003.5㎡だそうです(下の地図、ピンクの部分)。坪に換算すると25.6万坪。20万坪といえばそのうち約80%になります。集落の南は急傾斜地で、当時から山林でした。そんな立地で8割方の面積をスキー場に充てられるのか…
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この地図の南の端、かつて桃原城があったといわれるアミダ峰から見れば、全体的に北向き斜面ではありますが、昭和23年の航空写真によると…
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[国土地理院 航空写真閲覧サービスより転載]
中央下の白い部分が桃原の集落と畑の範囲です。周りは当時から山林であったようです。現在の地図と重ねてみるとこんな感じ
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おおよその面積は6万坪程度です。周辺の林間コースを入れても20万坪にははるかに及ばないと思うのですが。


もう一点は、「一粁の直滑降コース」です。集落はずれの小高い山△374を中心に1kmの円を描いてみると…
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北は芹川を越えて屏風付近、南は多賀大社のご神木で有名な杉坂峠までカバーしてしまいます。これに先ほどの集落の地図を重ねると
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桃原地区全体がすっぽり収まってしまいました。いったい1kmの直滑降コースはどこにあったのか…
無理やりですが下のようなコースならおよそ1000mになりますが、アミダ峰まで歩けば約1時間ですからねぇ
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ということで、閉鎖後50年余りが経ち植林に覆われた斜面に、かつて広大なスキー場があったなどと想像もできません。
加えて、リフトなどの施設が存在しなかった当地において、痕跡を見つけることは不可能です。
適当な斜面があって、雪が積もればそれ即ちスキー場…というおおらかな時代のスキー場跡地に痕跡の残りようがないのですね。





しかし、20万坪や1kmの直滑降コースの話はさておき、この写真の人々の笑顔がここに確かにスキー場があったという何よりの証しではないでしょうか。

~ここに掲載しておりました桃原スキー場の、当時の写真二葉につきましては、著作権者様のご指摘を受け削除しました。
関係者の方には、ご迷惑をおかけしたことをお詫びします~


次回、周辺の集落をつないだ古道を探ります

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今回は、多賀町の桃原集落を訪ねます。とはいえ桃原をはじめ周辺集落に関しては寿師匠のすばらしい記事がありますので、私の出る幕はありません。
ということで、集落そのものには全く触れません。今回のターゲットは、桃原古道・多賀スキー場・桃原城址そして、桃原と向之倉、杉の各集落をつないだ古道です。
ではまず地図を…
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地図によると、芹川から南下して集落に至る点線路が描かれています。これを桃原古道と仮称します。
桃原への入り口といえば、こちらですが
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古道の入り口はここから2kmほど河内寄りのこの場所
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屏風古道入口の50mほど手前のこの橋です。
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ところで、先ほどの集落への道路の入り口ですが、左手に小屋があります。
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道路からは2mばかり低い場所に建っているのですが、何か見えますね。
下りて確かめましょう。
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これは…寿師匠が恋焦がれておられる夫婦地蔵ではないでしょうか。掲載されていたHPの写真とロケーション的には同じです。ただ道路脇ではなく道路下に置かれていましたけどね。


先を急ぎます
ではおじゃましますよ
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橋を渡ると…
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なかなか風情のある良い道が残っていますね。すぐ先、シダでおおわれていますが。
まあこの程度なら楽勝ではないでしょうかね。
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と思ったのもつかの間、道消滅ス!
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周りを見渡すも痕跡は見当たりません。いつものごとく斜面を直登することに…やれやれ
地図に描かれている古道のうち赤線で示した部分は斜面の崩落などで取りつきが見つけられませんでした。
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で、地図の青線のように登ってきました。こんな斜面を適当に登っていると境界標が打ってあったりして、さらに登るとようやく古道らしき道形発見
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ここから10mほどのところにかなり広い平坦地があり
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この辺りから、しっかりとした道が残っていました。
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ほどなくこの先で林道のヘアピンカーブのあたりに出ます
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林道を横切り、再び山道に入るとしっかりした道が続いており、もう間もなく桃原集落に到着のようです。
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ここに出てきました
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この茶色い屋根のお宅の右端から出てきました。ここは集落の中心に至る林道の支線の末端部です。ここも斜面を横切って集落中心部到着。

いい時間になったので集会所?の軒先をお借りして



お、お、お、おいなりさんなんだな〜
前日夜、西Yストアで半額でゲットしたものです(^_^)/



昼食後はいよいよ「多賀スキー場探索」ですが…
廃止後すでに50年が経ち痕跡は皆無とのこと。さてどうしたもんか…

つづく

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