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山中廃徊記

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かつて桃原にあったという多賀スキー場は、1933(昭和8)年に開設、昭和30年代後半から40年代初めに閉鎖されたと記録されています。
斜面への植林の拡大や離村傾向などにより徐々にスキー場としての機能を失って行き、自然消滅したということのようです。
数少ない資料の中に1937(昭和12)年、滋賀県が発行した「スキー場適地案内」という本があり、その中で紹介されています。
少々長いですが、引用します。
『…面積は20萬坪、向きは北で傾斜は五度から三十五度まで…一粁の直滑降コース、3粁のリレーコースも取れる。眺望は湖東平野を一眸に、琵琶湖をも望み得て素晴らしい。伊吹山と共に湖東スキー場の双璧をなすものといへる。設備は、スキー場入口に四棟のヒュッテがあり、賣店、貸スキーの便がある。宿泊は地元の民家が一泊七十錢程度でサービスする。』

さてどう思われるでしょうか?私としては、ピンク字の部分が引っ掛かります。

桃原地区の面積は846,003.5㎡だそうです(下の地図、ピンクの部分)。坪に換算すると25.6万坪。20万坪といえばそのうち約80%になります。集落の南は急傾斜地で、当時から山林でした。そんな立地で8割方の面積をスキー場に充てられるのか…
イメージ 1
この地図の南の端、かつて桃原城があったといわれるアミダ峰から見れば、全体的に北向き斜面ではありますが、昭和23年の航空写真によると…
イメージ 2
[国土地理院 航空写真閲覧サービスより転載]
中央下の白い部分が桃原の集落と畑の範囲です。周りは当時から山林であったようです。現在の地図と重ねてみるとこんな感じ
イメージ 3
おおよその面積は6万坪程度です。周辺の林間コースを入れても20万坪にははるかに及ばないと思うのですが。


もう一点は、「一粁の直滑降コース」です。集落はずれの小高い山△374を中心に1kmの円を描いてみると…
イメージ 5
北は芹川を越えて屏風付近、南は多賀大社のご神木で有名な杉坂峠までカバーしてしまいます。これに先ほどの集落の地図を重ねると
イメージ 6
桃原地区全体がすっぽり収まってしまいました。いったい1kmの直滑降コースはどこにあったのか…
無理やりですが下のようなコースならおよそ1000mになりますが、アミダ峰まで歩けば約1時間ですからねぇ
イメージ 4





ということで、閉鎖後50年余りが経ち植林に覆われた斜面に、かつて広大なスキー場があったなどと想像もできません。
加えて、リフトなどの施設が存在しなかった当地において、痕跡を見つけることは不可能です。
適当な斜面があって、雪が積もればそれ即ちスキー場…というおおらかな時代のスキー場跡地に痕跡の残りようがないのですね。





しかし、20万坪や1kmの直滑降コースの話はさておき、この写真の人々の笑顔がここに確かにスキー場があったという何よりの証しではないでしょうか。

~ここに掲載しておりました桃原スキー場の、当時の写真二葉につきましては、著作権者様のご指摘を受け削除しました。
関係者の方には、ご迷惑をおかけしたことをお詫びします~


次回、周辺の集落をつないだ古道を探ります

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