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山中廃徊記

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帰宅後、歩き始めからここまでの距離を測ってみたら
なんと直線距離でわずか178m\(◎o◎)/!不動産屋に言わせれば、徒歩2分強の距離です。
この間に107mの標高差があるので、単純に考えるとだいたい60°の傾斜ですけど。
さてこの林道、100mほどで行き止まりとなります。
そしてこの場所から振り返るとすぐヘアピンカーブがありその先、右手に比較的新しい廃屋がありました。

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軒先の看板は「大阪セメ・・太平・・」と
読めます。実はこの時点でここが旧太平寺の集落跡だとはまだ気付いてません。大阪セメントの事務所だか宿舎だかそんなものの跡だろうと…

このあたり、比較的なだらかな斜面に段々畑のような地形が広がっています。それもかなり広範囲に。

下の写真のように林道上から見ると、石垣の上にこの建物がありその背後にまた石垣があるのがわかりますが、このように段々に積み重なって上へと続いているわけです。


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シャガに埋め尽くされた林道を先へ進みましょう。こんな遺構やら

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こんな廃屋やらがあります

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この建物は見たところ鉱山関連の売店や食堂の類ではないかと思います。
実はここ、すぐ左には鉱山林道が見えています。
その先には採石地が見えてますね。

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鉱山林道に出ても仕方ないので最初の廃屋に戻ります。その途中の廃物件たち…
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さて、最初の廃屋から上へと歩き始めます。かなり幅の広い大通りと言っても良いくらいの道の両側にりっぱな石垣が続きます。

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この辺りは、かつてはこんな感じだったのかもしれませんね。

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こちらは石垣の間から樹が大きく成長しています。人が去って50年という時の流れを感じます。手前にあるのはコンクリート製の橋の残骸でしょうか。

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極めつけは大通りの突き当りにある、この石垣。写真では伝わらないかもしれませんが、まるでお城の石垣のような巨大な二段のものです。

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こんな山中に城があったのでしょうか?あるいは大きなお寺とか…
まあ、その考えはあながち間違いでもないことが後程判明しますが。
そして、手前左に見えているのが

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この石仏の数々を集めた円形の広場です。このときやっと、ここが旧太平寺の集落跡であることを知ったのでした(遅すぎかも)。この風景は以前何かの本で紹介されていたのを見た記憶があります。
かつての住民の方が手入れをされているのか、この一角は草も生えておらずきれいな状態が保たれています。
あまりにいい感じだったので、ここでしばし昼寝してしまいました。

そして次回へ続く…







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