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『芹川から古道を辿り廃村へ』シリーズ(笑)、屏風、桃原・向之倉・杉とくれば次は後谷が来るのは、にわか多賀人(?)にとってごく当然の成り行きであります。
で、第三弾は後谷古道を歩いてみたいと思いまます。
古道と言っても、芹川からの道は現車道と出会ったのち吸収されてしまっており、僅かな区間しか遺ってません。屏風への車道の分岐の少し手前から後谷までの車道は、古道の上に築かれていると思われます。
地形的に、人にとっても車にとっても、ここしかないというところを道が走っているわけです。
地図中の水色の部分のみ残っています。ここは以前歩いた屏風古道から分岐する道で、現在も屏風岩に登る人が利用している道です。
これでは面白くない・・・
そこで今回は、笹尾や水谷から峠越えで後谷に至る古道、こちらを探索してみます。
加えて、後谷から鉱山への通勤路も探ってみたいと思います。
まずは全体図をどうぞ
ではまず■から行ってみましょう。最初の取り付きはこんな感じ。
そして例のごとく、道消滅!
全く斜面と同化してます。地図を頼りに歩いていると、道かな〜?と思われる地形が現れたり消えたりしながら、続いています。
前方に空が見えだして峠近しと思われる頃、ようやく…
そして、峠に到着。名前は「峠の脇」。私の好きな峠の一つです。
![]() こちらは後谷側から見た図
峠から後谷へわずかのところに、戦没者慰霊碑があります。
さて、ここから後谷まではとても良い道が残っており、10分ほどで最奥のお宅に着きます。左手、杉の木の向こうに屋根がちらっと見えてます。
この石垣の上にも家があったのでしょう。
後谷八幡神社の石段です。登ってませんけど
石段あたりから最奥の家を振り返って見たところ。
後谷集落に着きました。ここに出てきました。右手のお宅では、ふ○っしーがお出迎えしてくれてます。
ここで昼食タイムといたします。昼食後はこの奥に見えている鉱山跡へのかつての通勤路を探しに行きます。
後編へつづく
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