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皆様よく御存じの多賀町は屏風集落。今でこそ頼りない車道があるもののこれはいかにも冗長。昔は屏風岩を回り込んで直接芹谷に下る道があったということで、その現状を調査すべく梅雨の合間に行ってきました。再び②の地図をご覧ください。
地図右寄り下の芹谷沿いに芹谷分校跡があります。今は砂利置場になってますね。
地形図ではこの分校跡の手前、道が大きくカーブするb地点から沢沿いにまっすぐ上がる道が描かれています。しかしこの道は取りつきがこんな感じ
真ん中のトラロープに頼ってこの岸壁を真上に登らなければなりません。とてもかつての生活道路とは思えません。ここはあとで調べるとして、ここから少し東のフェンスの切れ目、コッテジさんに教えていただいた道(らしきもの)を利用します。赤色の道です。ここが地図中のa地点。
よほど崩れやすいのか、大型砂袋で補強してありますね。しばらくフェンス沿いに歩きます。草木が茂ってますが幅は広そうな道です。
分かりにくいけど、登りになります。古い写真ではこのあたりに小屋があったようですが…
少し登って振り返ったところ。もはやここに道があるなんてわかりませんね。
もう少し歩くと、道が見えてきました。
その先は崩れやすい砂と石の混じった道で、しかも外側に傾斜しています。雨が降ったら厄介そうな道ですね。
振り返って見た道。道らしくなってきました。
この先の、切り返してさらに登りに転じる地点。苔むした巨岩が目印になります。
切り返し地点です
なんだか手振れが激しいですが…
かつては屏風へ電力を供給していたであろう木製の電柱なんかもあります
電柱を過ぎれば、ますます道が明瞭になってきました
そしてなぜか八木アンテナが…少しずつ生活の匂いがしてきました
というところで次回へつづく |
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