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今回は五僧峠です。前回、伊吹山麓の廃道に立つ古い道標でしたが、今回は道標ではありません。
古くから境界に関し争いの絶えなかった、近江と美濃の国境(県境)を定めるために測量を行い、その結果確定した国境(県境)上に設置された県界標です。
「行者谷の謎を探る 6」にも少し登場しました。
例によって地図を見てみましょう。五僧峠は特に説明の必要がないほどよく知られた場所ですね(一部マニアには…)
五僧峠の南東側のものは以前から知っていたのですが、北西側にももう1基あるよ…というご指摘をいただき探しに行ってきました。
その2基の場所を赤ピンで示しています。
これはすでにその存在を知っていた、南東側の測點標
1876年(明治9年)4月に設置されたということですので、ちょうど140年前ということになります。設置したのは、内務省地理寮。現在の国土地理院の基となる組織です。
簡単にその歴史を振り返ってみます。
1869年(明治2年)6月 民部官庶務司戸籍地図掛として設立
1870年(明治3年) 民部省地理司に
1874年(明治7年)1月 内務省に地理寮が発足
1877年(明治10年) 内務省地理局と改称
1878年(明治11年)12月 参謀本部地図課・測量課として拡充・改称
1888年(明治21年)5月 参謀本部・陸地測量部
1945年(昭和20年)9月1日 内務省地理調査所
1948年(昭和23年)1月1日 建設院地理調査所
同 7月10日 建設省地理調査所
1960年(昭和35年)7月1日国土地理院と改称し現在に至る
ということで、明治七年からわずか4年ほどしか存在しなかった地理寮の手によるものでした。
石碑フェチにはたまらない逸品なわけなのです。
次回につづく
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